「気づく」ことからはじまる

学び

良本に出会いました☺️
滅多に出会えません。
これから何度も読み込む必要を感じていますが
現時点でも大きくわかったことがあります。

現時点で理解できたことは
対象から「厭離」して「離貪」して「無執着」とする。
「無執着」は「現法涅槃」=「悟り」への第一歩。

「厭離」=厭い(嫌に思う)離れて
「離貪」=貪りを離れて

では、「厭離」するために必要なことは「気づき」である。
この「気づき」はありのままを見る。
勝手にイメージを作ったり、物語を形成してはならない。
「ある」と気づくだけ。(対象への執着を防止する)

気づきとは
自然のままに放っておけば
対象への執着へと流れていく煩悩の働きを
まず止めるものは「気づき」であり
流れを塞ぐ、根絶するのが「智慧」である。

少しずつ「悟り」の意味に近づいてる気がします。
時々、考えてたことと合致してきます。
仏の世界は「無善無悪」
苦しみも無いけど、楽しくも無い。
寂静の世界ではないかと思います。(現時点)

ドライに考えればそうなのでしょうね。
だから「楽しい」ばかりを追ったらダメなんでしょう。

しっかり、10月も学んでまいりましょう。

あなかしこ あなかしこ

令和七年十月一日
釋正信

🙏南無阿弥陀仏

ご質問、ご相談は info@yokihito.net 慈徳山得藏寺、僧侶釋正信までご遠慮なくご連絡くださいdouble exclamation 一人一人それぞれが誰かの善き人であるようにdouble exclamation 人生勉強の会、正信会(しょうしんえ)ご入会希望の方もご連絡ください😆共に学びましょう。

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