自分の「業」を知ること

日常に根ざした仏教的な学び

すべては弥陀のはからいひらめき
本日もご聴聞ありがとうございます。
なんでも解決‼️ 釋正信です。

日々の暮らしの中に、なんでそうなん❓
ってことがありますよね。

この人はなんでそうなことをするんだろう❓って・・・・
この場合のなんでって、その人の『業』なんです。
その人にその『業』があるからやってしまうあせあせ (飛び散る汗)

例えば、嘘。
なんでそんな見え透いた嘘を・・・・
嘘をつく=『業』なのです。

『業』は何度も繰り返します。
ですからその人がどのような『業』を持っているのか。
知ることはとても重要です。
これは適正にも繋がることです。

その人は人間的に悪人ではないのです。
『業』がそうさせている。
こう考えるのが仏道です。

仏教的な『業』は身口意(身体・言葉・心)による行いの総称
理性で制御できない心の働きや人生に返ってくる因果を表します。

この理性で制御できない
ここがなんで❓に繋がるんですね😆

難しいことではあるのですが
自分がどんな『業』を持っているのか。
知ることは生きる上で大事だろうと考えます。

どうやって知る❓
自分の現在までをしっかりと振り返ってください。
繰り返し失敗したことがありませんか❓
繰り返しやってきたことがありませんか❓
その中に『業』はあると思います。

私も振り返ってみます。
危険な人物、危険なことに接近したがる。
なんか変ですがこれも『業』の一つではないでしょうか。
一般人が距離を置くようなものに自ら接近する。

なぜなんでしょうか・・・・

危険=ピンチ
火中の栗を拾う。
この精神でピンチを救おうと。
火中の人の役に立ちたい。と。
そんな『業』なのかも知れません。

このブログも人生を悩まれてる人や
いろんな問題(危険)に晒されてる人を救おう
解決しようと書いてるブログですから😆
やっぱり、そんな『業』なのでしょうか。

自分の『業』を知ることができれば
理性で制御できるようになるでしょうね。
そして『業』と距離を置くこともできるでしょう。

本日は『業』についてのお話でした。
でも、自分自身の『業』ってわかりづらいですね。
身近な人に聞いてみるのも良いかも知れませんね。

あなかしこ あなかしこ

2026年1月28日(水)
釋正信

🙏南無阿弥陀仏

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