心配性な方々へ

学び

6月になりました。
今月も共に学んでまいりましょうdouble exclamation

人ってものはなにかにつけ
心配をする生き物のようです。
親、子、兄弟、仕事、お金、持ち物・・・・

心配してもなんににもならくないですか😆
心配して、自分でなんとかできることなら
心配の効(カイ)もあるのでしょうが・・・・

自分以外の他人(たとえ親子でも)の
心配はしたところでどうにもならない。

心配してる自分に酔ってるだけではないですか。

この心配の原因は
『執着』にあると思うんです。
自分のこだわり(執着)があるからこそ
心配という形であらわれるのでしょう。

心配して、自分でなんとかできるものなら
心配も多いに結構でしょう。
でも、自分でどうにもできない心配は
心配してもなんににもなりません。

他人の生き方や他人の絡む事柄は
自分の思い通りにはできないものです。
だから、そこに執着しないことです。

自分自身が解決できることなら
多いに心配すればいいでしょう。
そしてその心配を解消すれば良い。
でも、それが出来ないなら
心配なんかしないことです。
どうにもできないのだから・・・・

心配するのであれば
まず、心配な現状、原因をしっかり把握、
見極めることです。
その上で自分が心配解消のため
何ができるのか?考えることです。

自分にできることが無ければ
心配してもどうしようもないことです。

重箱の隅を突きながら
心配を探さないことではないですか😆

基本は、心配に限らず
自分でできること
自分ではできないこと。
この仕訳をきちんとすること。

そして、自分でできないこととは
関わらないことが賢明と思います。

🙏南無阿弥陀仏

令和七年六月二日
釋正信

ご質問、ご相談は info@yokihito.net 慈徳山得藏寺、僧侶釋正信までご遠慮なくご連絡くださいdouble exclamation
一人一人それぞれが誰かの善き人であるようにdouble exclamation
正信会(しょうしんえ)ご入会希望の方もご連絡ください😆

 

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