掟は自分のためにあるもの

学び

こんにちは晴れ
正しい信心、正信でございます🙏

今日は朝から相談物件の現地(遠方でした)へダッシュ (走り出すさま)

梅かと思ったけど「しだれ桃」とのことです。
いやぁ、田舎も桜の季節でした。

人間いろんな思いを描くんですね。
中古戸建てを購入して
隣地の畑を耕作したい。
(いいんじゃないですか😆)

元農民からすれば奇特な方ですが😆

人の数ほど思いは有ります。
そしてどれが正解とも言えません。

現代日本人は自由でよろしいのですが
その自由な発想には自己責任もついてきます。
自由な発想と既定の決まり(掟)・・・・
そのあたりよく注意が必要でしょうね。

我々、浄土真宗にも「掟」があります。
一、諸法・諸宗ともにこれを誹謗すべからず
一、諸神・諸仏・菩薩をかろしむべからず
一、信心をとらしめて報土往生をとぐべきこと

これを遵守しながら
現代の法律・道徳・習慣も守る。
私ももちろんそのように生活しています。
掟とは自分に対するものと考えること。
他人が・・・・とか関係ありません。

昔は、法律は破るためにある。
などとのたまってましたが😆(バカです)

法律にしろ、道徳にしろ、習慣にしろ
守ることは正しさにも通じます。
そのように行動することで
微塵も後ろめたさがありません。

堂々としたものです。
気をつけることは
自分でコントロールできない他人に対して。
他人は他人です。
他人の思うようにやらせればよいのです。
但し、問われれば自分ならこうする。と
正しい考えをお伝えさせていただいてます。

 

🙏南無阿弥陀仏

ご質問、ご相談は info@yokihito.net 慈徳山得藏寺僧侶釋正信までご遠慮なくご連絡くださいdouble exclamation

 

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