仏教は人としての教育でもあります!

学び

(昨日の続き)

人が財産である以上、徹底した選択が必要でしょう。
かかわる人は徹底的に選ぶことdouble exclamation

見た目とか、肩書きとか、ノリとかで安易に選ばないこと。

くだらない人たちって苦を招き入れるから・・・・
不の財産となりますあせあせ (飛び散る汗)

そんなくだらない人たちとの接点も
仕事相手だったり、客だったり。
そんな場合でも、わしは徹底して選択します。

仕事にならなくても、客にしなくてもいい。
(むしろ積極的に選択します)

くだらない人と関わると
後々、不利益を被りますから・・・・
(不思議だけど必ず不利益を被る)

目先の欲に流されないことも人を選ぶ上では大事でしょう。

わしはある時から
良い人としか関わらないようにしてきました。
これは本当に正解だと思いますから
これからもそうします。

しかし、今はくだらなくても
磨けば良くなる人ってのも存在します。

人を磨くのものは『教育』です。
(学校の勉強ではありません)

生まれた時はみな同じでしょう。
それが育成環境や教育の違いからそれぞれに変化する。
財産になる人もいれば、くだらない人にもなる。

それぐらい『人としての教育』って
すごく大事だと思うんです。

もちろん根っからの悪人もいるでしょう。
教育しても難しい人もいるでしょう…
また、『業』に達していないから
すぐに理解できない人もあるでしょう。

でも、人は教育で変わると信じています。
だから、この世はどこまでも
『人づくり』なんだと思いますdouble exclamation
人としての教育です。

人として学ばないとわかりませんよ。
ただ、学校を卒業して大人になってってだけで
人として出来上がるわけないんですから。

不動産屋になりたきゃ不動産屋の勉強をする。
これと同じで善き人になりたきゃ
善き人になるための勉強をするんです。
学ぶことは難しいかも知れないが
学ぼうと思うことは簡単です。

学ばずにまともな人になるわけないでしょうdouble exclamation

まず、自分自身が他人の良き財産となれるよう
他人の善き人となれるよう
日々学んでいこうと思いますdouble exclamation
この気持ち、これが第一です。

南無阿弥陀仏

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